爪切除術を行うことで、問題行動の出現率がかなり高くなるということが最新の研究により明らかになりました。この研究は5月23日付のJournal of Feline Medicine and Surgeryにて発表され、多くのメディアで取り上げられています。この研究はオープンアクセスであり、誰でも無料で読むこと可能であるため、原著論文を読むことを強くお勧めします。
爪切除術
爪切除術または抜爪術は単純に猫の爪だけを切除するものではなく、末節骨(手足の先端にある骨)そのものを切断する手術になります。そのため、爪切除術や抜爪術というよりも末節骨切断術といったほうが適当かもしれません。
切除する際には完全に末節骨を切断する場合と、末節骨の一部を残す場合があります。というのも、末節骨を全て切断してしまうと、深指屈筋と呼ばれる指を曲げる筋肉を傷つける必要があるので、回復が遅れるからです。猫の爪の元となる細胞があるのが末節骨の先端上方にある鉤爪稜と呼ばれる部分であり、理論的にはこの部分のみを取り除けば爪が伸びてくることはありません。そのため、末節骨の一部を残す手術が行われることがあります。

このように、猫の指の骨を切断すると聞くと、その後に大変なことが起こりそうな気がしますよね。実際、人間で切断された患者さんには切断部分の痛みや幻肢痛*、背部の痛み(下肢切断の場合)などの症状が出ます。猫にも同じようなことが起こっているのかについてはわかりませんが、切断により何かしらの影響が出ることは避けられません。
*幻肢痛:幻肢痛とは切断などにより失われ存在しないはずの手や足に、痛みを訴える症状のことを言います。
幻肢痛の発症機序としては、様々な仮説がありますが、人間では切断後の中枢神経系(脳)の変化が大きく関わっているとされています。脳の感覚野(感覚を受け取る領域)や運動野(運動指令をだす領域)には、それぞれの身体部位に応 じた脳地図が存在することが知られています(体部位局在:somatotopy)。例えば上肢切断後は、脳地図の上肢部分は縮小し、上肢の隣にある口や顔面領域が広がるという脳地図の変化(再構築)が起こります。そして、それと同時に上肢領域に存在する神経の興奮性が高まることが知られており、刺激が入りやすくなると言えます。
つまり、それまで上肢であった領域が他の領域に置き換えられ、脳が混乱し口や顔への刺激もそれまであった上肢のように感じてしまうこと、そして残った部分の上肢領域の興奮性の増加が異常な痛みと関連していることが幻肢痛の原因と考えられています。
猫の場合は、その影響が行動の変化などにあらわれ、結果として猫の福祉が脅かされることになります。さらに、それらの行動の変化は問題行動に関連することが多く、猫だけでなく飼い主の生活の質(QOL)や飼い主と猫の関係の質(QOR)が損なわれてしまいます。
では、爪切除術後においてどの程度、問題行動の出現率が高くなるのでしょうか?
爪切除術後では問題行動の出現率が高くなる
今回の研究では爪切除術後の猫137匹と爪切除術をしていない猫137匹を対象に、爪切除術後の問題行動について調べています。問題行動の有無は実際の診察と2年前までの診療記録をもとに調べています。
その結果、爪切除術を行った猫では、爪切除術を行っていない猫と比較して以下のことがわかりました。
爪切除術を行った猫では…
- *不適切な排泄が起こる確率が約7倍高まる
- 噛みつきやすくなる確率が約4.5倍高まる
- 攻撃的になる確率が約3倍高まる
- 被毛を噛んだり、舐めたりしすぎる確率が約3倍高まる
- *背部に痛みを伴う確率が約3倍高まる
*不適切な排泄:トイレ外での排泄であり、スプレー行動や便によるマーキングは除きます。
*背部の痛み:猫において、末節骨切断後になぜ背部の痛みが生じるかはあまりわかっていません。人間において下肢を切断した場合には切断下肢の感覚鈍麻や運動制御がうまくいかなくなるために、代償機構として健常側の荷重を増やすようになり、これが姿勢や筋肉の非対称性につながる。その非対称性が背部への痛みに寄与していると考えられている(Prinsen et al., 2011)。おそらく同じことが猫でも言えるのかもしれません。
つまり、切断された足への慢性的な痛みや不快感などを軽減するために、筋肉や姿勢、歩様の変化などの様々な代償機構を機能させるが、それが逆に背部に負担をかけ、痛みが発生してしまうということが考えられる。
また、この研究では爪切除術を末節骨の一部を残した場合には、末節骨が完全に切断された場合と比較して、不適切な排泄や背部の痛み、攻撃的になる確率が高くなるということも報告しています。
まとめ
最新の研究が爪切除術(爪抜術)を行うと、猫に問題行動や背部の痛みが起こる確率が高くなるということを明らかにしました。爪切除術が具体的にどのようにして問題行動の発現に関与しているのかは不明ですが、末節骨の切断が猫に負の影響を与えるのかということは確実だと思います。背部の痛みなどはその象徴であり、猫の福祉をいかに脅かしているということがわかります。そもそも、爪とぎができなくなるということ自体、猫の福祉を脅かしているんですが。
爪切除術を選択する飼い主の多くは、猫の爪が厄介だという理由だと思います。しかし、爪切除術を行えば、異なる問題行動が出現する確率が高まり、さらに飼い主の頭を悩ませてしまい、最悪の場合は捨てられることだってありえます。そういったことを防ぐためにも、この研究結果を様々な人が知り、爪切除術について一人一人がしっかりと考えていってほしいと思います。
原著論文
Martell-Moran N, Solano M, Townsend H. Pain and adverse behavior in declawed cats. Journal of Feline Medicine and Surgery(2017). 10.1177/1098612X17705044.
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参考文献
Prinsen E, Nederhand M, Rietman J. Adaption Strategies of the Lower Extremities of Patients with a Transtibial or Transfemoral Amputation During Level Walking: A Systematic Review. Archive of Physical Medicine and Rehabilitation 2011; 92: 1311-25.
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