変形性関節症(DJD: degenerative joint disease)という言葉を聞いたことがありますか? 変形性関節症とは、全身の関節に起こり得る進行性の関節破壊を生じる病態の総称です。
人間でも、高齢の方でよく見られる疾患です。加齢による関節軟骨の老化により生じるのが一般的ですが、スコティッシュフォールドなど特定の猫腫では若齢から症状が出やすいとも言われています。そして近年問題にありつつある肥満も、関節への負担を増やすことにより、変形性関節症の発症と悪化のリスクを高めると言われています。
今回は、そんな猫の変形性関節症に対する有望な治療薬「抗NGF抗体」にまつわる研究を紹介したいと思います。
厄介な痛み
簡単に説明すると、変形性関節症では関節の正常な機能が破壊されるために、関節を動かす(つまり体を動かす)と、痛みが生じます。発症初期には明らかな症状を示さないことが多いですが、病状が進行するにつれて、猫は痛みを示すような仕草を見せるようになります。
これは決して表情で痛みがあるのかどうかを判断することができるという意味ではありません。これは猫行動専門家でさえも見破ることが困難な部分です。猫には様々な天敵がおり、かつ単独行動をしているため、他の猫との競争にさらされています。そのため、自身の弱みを天敵やその他の猫に知られることは致命的になります。こういった背景が猫の表情で痛みの有無を判断するということを困難にしています。
したがって、表情よりも猫の行動変化を見た方が良いんです。例えば、以前のように活発に遊ばなくなった、寝ていることが多くなった、段差のある移動を嫌がるなどの行動の変化が見られた場合は、実は変形性関節症の痛みが原因かもしれません。
また、トイレ以外の場所で排泄をする場合にも痛みが背景にある可能性があります。これは猫がトイレに入る際や、排泄している際の姿勢の時に痛みを生じるために、痛みとトイレを関連づけて学習してしまったために起こるものです。
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望まれる治療薬
慢性的な痛みに対する治療薬は以前から研究がなされていたものの、残念ながら「これ」という治療薬は開発されていないが現状です。
そこでノースカロライナ州立大学の獣医学部の研究チームが、「抗NGF抗体」というものをを用いて慢性疼痛を伴う変形性関節症を生じている猫への治療効果を検証しました。
抗NGF抗体
NGF : Nerve growth factor とは神経成長因子のことであり、この働きを抑えるのが「抗NGF抗体」です。神経成長因子はそのままの意味で、神経の成長を助ける働きをするのですが、実は痛みとの関連も指摘されています。
例えば、ラットにNGF を1mg/kg腹腔内投与すると、痛覚過敏が現われることが報告されています。逆にNGF遺伝子のノックアウトマウス(NGFを作り出す遺伝子が欠損している遺伝子組換えマウス)では、痛みを感じにくくなる(痛覚鈍麻)ことも報告されています。
そのため、この神経成長因子NGFの機能を阻害する抗体である「抗NGF抗体」を投与することで痛みが治まる可能性があるということになります。
変形性関節症の痛みに効果が?
そして、実際にこれらの事実に着目して、抗NGF抗体を投与する検証を行われたところ、猫の活動量の有意な増加と、猫用に開発された痛みの評価スケール「CSOM」(シーソム, client-specific outcome measures)*などの改善が認められました。
*CSOM(シーソム, client-specific outcome measures)
飼い主が観察することで、猫の慢性痛を評価す痛みの評価尺度。ある行動について、飼い主自らが定期的に観察して数値で評価(点数化)をしていきます。これを経時的に行い、数値の変化を見ることで、疼痛の状態の変化を見ていきます。
まとめ
上記の研究結果から、猫の変形性関節症に伴う慢性疼痛に「抗NGF抗体」が有効である可能性が示唆され、痛みの緩和に希望の光が見えてきました。
「痛み」というのは大変な問題です。「痛み」のある状態は、猫の生活の質 QOL を著しく低下させると言ってよいでしょう。さらなる研究が進み、慢性的な痛みに苦しんでいる猫ちゃんたちを減らすことが出来ると良いですね。
ちょっと気になる
実は、この研究ではプラセーボ実験(つまり「抗NGF抗体」ではなくただの溶液を投与する)も行っています。もちろん、飼い主は「抗NGF抗体」を投与されているのか、いないのかは分かっていない状態です。
結果、ただの溶媒を投与されていた飼い主たちにおよそ半分がCSOMで「猫の痛みが改善した」とのスコアをつけているのです。猫の行動を観察することの難しさが垣間見えた実験結果だと思います。
原著論文
M.E. Gruen, A.E. Thomson, E.H. Griffith, H. Paradise, D.P. Gearing, and B.D.X. Lascelles. A Feline‐Specific Anti‐Nerve Growth Factor Antibody Improves Mobility in Cats with Degenerative Joint Disease–Associated Pain: A Pilot Proof of Concept Study. J Vet Intern Med. 2016 Jul;30(4):1138-48. doi: 10.1111/jvim.13972. Epub 2016 Jun 22.
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