幼少期に猫と一緒の環境で育った人は、そうでない家庭で育った人と比べて、精神疾患にかかりやすい訳ではないという研究結果が先日イギリスで発表されました。
この記事でわかること
- 猫は人獣共通感染症であるトキソプラズマに感染する
- トキソプラズマは人間の精神疾患を引き起こす恐れがある
- トキソプラズマは行動に影響を与える
- 猫を飼っているからといって、精神疾患になるとはいえない
猫と精神疾患の関連
何のことを言っているんだ?と思う方も多いかもしれません。逆にそんなの当たり前じゃないと思うかもしれません。しかし実は、あまり知られていないかもしれませんが、精神病関連の研究においては、猫が保持している寄生虫「トキソプラズマ」が脳の発達に影響を与え、統合失調症やうつ病などの精神の病を発症しやすくさせているのではないかと言われていました。
この点については野良猫やノネコの排除を訴えた有名な著書「Cat Wars ~The Devastating Consequences of a Cuddly Killer~」において議論がなされています。つまり、トキソプラズマはズーノーシス(人獣共通感染症)であるため、猫がトキソプラズマをバラまき人間の脅威になっているため、野良猫やノネコを排除すべきであるという理論です。
実際のこれまで行われてきた研究では、「猫を飼っていること」と「13歳時点での精神病様症状の発症」に少なからず関連がみられたという報告がなされています。
以前の報告とは異なる結果
しかし、先日発表のあったイギリスの研究ではそのような証拠は見つけられませんでした。この結果はJournal Psychological Medicine誌に掲載されています。ちなみに、この研究では1991年と1992年に生まれたおよそ5000人の子供を18年間にも及んでフォローし、13歳の時と18歳の時にそれぞれ健康の評価を行っています。その結果も踏まえて、研究者らは先行研究で示唆されてきた猫を飼っていることとメンタルヘルスの関係性については、「猫を飼っている」以外の別の要因(交絡因子)が絡んでいるということを指摘しています。
つまり、猫を飼っている人たちに言えることは、「猫を飼うことで、子供のメンタルヘルスに悪影響が出るのではという心配はしなくて良い」ということです。
トキソプラズマ
話題に上がっている猫が保有する寄生虫とはトキソプラズマです。 ヒトを含む幅広い恒温動物に寄生してトキソプラズマ症を引き起こします。通常は免疫系により抑え込まれるため大きな問題とはなりにくいですが、免疫不全の状態では重篤あるいは致死的な状態に陥ります。特に妊娠初期に初感染した場合、胎児が重篤な障害を負うこともあります。
トキソプラズマは有性生殖と無性生殖の2つの方法によって増殖します。無性生殖はネコ科を含む幅広い哺乳類や鳥類で行われますが、有性生殖はネコ科の動物の腸内でのみ起きると言われています。したがって、猫の糞には高確率でトキソプラズマがいると思って良いでしょう。
主な感染経路は経口感染であり、腸管壁から宿主体内へ侵入し、血流に乗って全身の組織に広がって行きます。ちなみにトキソプラズマが居座る身体部位によりその症状は異なります。例えば、トキソプラズマが目に居座るとトキソプラズマ性網脈絡膜炎になります。
トキソプラズマと精神疾患の関連
これまで、トキソプラズマ症と統合失調症や双極性障害、摂食障害など様々な人の精神疾患の関連が多くの研究で示唆されてきました。
トキソプラズマが行動に与える影響
実はその発端となったのが、スタンフォード大学のRobert Sapolsky教授らが行ったネズミを用いた実験です。彼らはトキソプラズマが感染し寄生することで脳を含む神経系にどのような影響を与え、そして結果としてどのような行動の変化が起こるのかを探索しました。
その結果、トキソプラズマがネズミの脳に感染すると、脳の中にある扁桃体と呼ばれる場所に強く影響を及ぼすということを発見しました。この扁桃体と呼ばれる領域は恐怖や情動(感情)などに深く関連している脳領域になります。そのため、トキソプラズマが感染したネズミは猫の尿に対する恐怖心を失うだけでなく、むしろ猫の尿などに惹きつけられてしまいます。
そうなると、当然猫に捕食される確率が高くなります。誰が得をするのでしょうか?そうです。トキソプラズマです。トキソプラズマはこのようにして猫にどんどん感染していくのです。
人間にも影響を与える
上記のような研究結果から、人の脳も影響を受けるのではないかと疑われ、多くの研究が精神疾患との関連性を示唆してきました。先ほども述べましたが、通常は免疫系により抑え込まれるため大きな問題にはなりませんが、特に免疫系が成熟していない乳幼児はその影響を受けやすいのではということが考えられていました。
ロンドン大学の研究チームの見解
しかし、イギリスの研究チームは1990年頃から猫のいる家庭で育った子供たちの成長の様子を追ってきましたが、これらの仮説を裏付ける結果は得られませんでした。この研究の監修を行ったロンドン大学の教授は、妊娠中や幼少期に猫を飼っていることが、のちに精神疾患を生じさせる直接的な要因にとはならないだろうと述べています。
猫を飼っていることと精神疾患の関連を示した研究では、家庭環境(家族の人数や社会経済的状況)の要因を揃えた上での比較ができていなかったとこの教授は指摘しています。つまり、精神疾患を生じるか否かの差が、純粋に猫を飼っていたかいなかったかという点に帰着することができないということです。
今や多くの人が猫を飼っており、そして多くの猫がトキソプラズマに感染していることが予測されるので、この研究結果は本当に良い知らせと言えるのではないでしょうか。
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参照サイト
Cats Don’t Cause Mental Illness, Study Finds
Cat ownership not linked to mental health problems
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