猫の福祉を考える上で必ず出てくるのが「5つの自由」です。しかし、最近ではその「5つの自由」をアップデートした概念を提唱しようとする動きがあります。その概念の一つが今回紹介する『改訂版Five Provision』『Animal Welfare Aim』になります。日本語の適訳がわからないのですが、直訳すると「動物福祉目標」でしょうか?
この記事では「5つの自由」の問題点とその問題点を解消する『改訂版Five Provision』『Animal Welfare Aim』について解説していきます。
5つの自由
5つの自由は猫だけでなく動物の福祉を考える上で原則となる重要な指標です。その内容は1965年のブランベル・レポートを元に作成されており、現在の形になるまでに複数回の改訂が行われています。そして、1992年にイギリスの農用動物福祉審議会 The Farm Animal Welfare Councilが発表したものが現在の「5つの自由」です1)。
あまり知られていませんが、実はこの5つの自由を実現するための、より具体的な内容も提唱されており、これを「Five Provisions」と言います(日本語の適訳は不明です)。その内容は以下の通りです1)。
5つの自由 | Five Provisions |
飢えと渇きからの自由 | 完全な健康と元気を保つために新鮮な水と餌が確保されること |
不快からの自由 | 避難場所と快適な休息場所を含む適切な環境が確保されること |
痛み、傷害、病気からの自由 | 予防と迅速な診断および処置がなされること |
正常な行動を表出する自由 | 十分なスペース、適切な施設および同種動物の仲間が確保されること |
恐怖と苦悩からの自由 | 精神的苦痛を回避するための条件および対策の確保 |
この5つの自由は日本の「動物の愛護及び管理に関する法律」にも反映されており、とても重要な概念になっています。では、この5つの自由の何が問題なのでしょうか?
5つの自由の問題点
5つの自由には次のような2つの問題点があります。以下の内容は、2016年にAnimals誌で発表された研究論文を参考にしています。そのため、より詳しい内容を知りたい方は原著論文を読むことをお勧めします(Creative Commonライセンスであり、無料で読むことができます)。
「自由」という言葉の問題
5つの自由では、「自由」という言葉を使用しているがために、絶対的な意味合いを持ちます。例えば、「飢えと渇きからの自由」という言葉であれば、渇きを全く感じないようにしなければならないというように解釈することができます。
しかし、実際のところ動物は渇きを感じるために水を飲むという生命を維持する行動を行います。もし、渇きを全く感じないのであれば動物の正常な行動が観察されなくなってしまいます。そのため、飢えと渇きを最小限にとどめるべきという考えの方が適切になります。
負の側面だけを見ている
5つの自由では動物福祉が損なわれている際に起こる問題点を解決するための内容が記載されており、すべて負の意味合いを持ちます。そして、その負の側面を見ていることが、5つの自由が動物の福祉向上を制限している可能性があります。
最近では科学の進歩もあり、動物がポジティブに感じるような体験などを提供でき、さらに動物福祉を向上できるようになっています。しかし、負の側面が多い5つの自由に重きを置いてしまうがために、最低限の動物福祉さえ確保されていればそれで良いというように解釈されてしまい、動物の福祉の向上が妨げられることになるかもしれません。
そう考えると、有名な5つの自由の内容よりも、あまり認識されていないFive Provisionsの内容の方がより具体的かつより前向きな内容が記載されており、優れものです。そのため、Five Provisionの内容を少しアップデートした『改訂版Five Provision』と、さらに前向きな目標を示した『Animal Welfare Aim』が提唱されるようになりました。
『改訂版Five Provision』と『Animal Welfare Aim』
日本語版があるわけではないので、それぞれ訳してみましたが、不自然な日本語かもしれません。一応、原著も載せておきますので、日本語が解りにくい方は原著の方を参考にしてください。
改訂版Five Provision | Animal Welfare Aim |
良い栄養状態:良好な健康と元気を保つために新鮮な水と餌が好きな時に食べられるようにしておくこと | 飢えと渇きを最小限にし、食べることを楽しい経験にすること |
良い環境:日陰や避難場所、適した住居環境、換気のよい場所、快適な休息場所が整えてられていること |
不快感や危険へにさらされることを最小限にし、温度や身体的な快適さを促進すること |
良い健康状態:疾病の予防介入や迅速な診断がなされ、傷害や疾患の治療がなされること、そしてそれらにより筋緊張や姿勢、心肺機能などが良好な状態で養育されること |
息切れ、吐き気、痛みなどの嫌悪を抱く体験を最小限にし、強健な体であることの喜び、そして協調のとれた身体的活動が行えることの喜びを促進する |
動物本来の行動の保証:十分なスペース、適切な施設、心の許せる仲間などその動物に合わせた適切な条件が確保されること |
脅威や不快な行動制限を最小限にし、有意義な活動への参加を促進する |
ポジティブな精神的経験:好ましい経験ができるように、安全で心地のよい、動物種に適した機会が提供されること | 様々な形の快適さ、楽しみ、興味、自信、コントロール感*を促進すること |
*コントロール感:動物が自分を取り巻く環境をコントロールしているような感覚のことであり、この感覚がある方が動物は安心する

まとめ
5つの自由については動物の福祉を学ぶ上で必ず出てくる、歴史的にも重要な素晴らしい概念です。しかし、こうして考えてみるとやはりその5つの自由は負の側面に焦点を当てすぎているような気もします。それと比較して、正の側面を捉えた、Animal Welfare Aimはとても画期的であり、動物の福祉をより向上するのではないかと思います。
すべての猫の飼い主に『5つの自由』、『改訂版Five Provision』、『Animal Welfare Aim』について知ってほしいと思いました。私の意見としては、保護施設やペットショップ、ブリーダーなどが猫を新しい飼い主に引き渡す際に、上記3つの概念について説明することを義務化してほしいと思います。そういった教育が進むことで、多くの猫がより幸せな人生をおくれるようになると私は信じています。
原著論文
Mellor DJ. Moving beyond the “Five Freedoms” by Updating the “Five Provisions” and Introducing Aligned “Animal Welfare Aims”. Animals(2016), 6 (10) PMID: 27669313.
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参考文献
竹村 勇司:飼育動物の健康と福祉―福祉指針,育種に起因する健康問題,および感染症―, 日本生気象学会雑誌(2015) 52 (1). p. 3-15. http://doi.org/10.11227/seikisho.52.3
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