西日本在住の50代の女性が野良猫に噛まれたことが原因で「重症熱性血小板減少症候群」を発症し、10日後に死亡したということが厚生労働省により発表され、多くのメディアが「重症熱性血小板減少症候群」に注目しています。
この記事では現在までに分かっている「重症熱性血小板減少症候群」についての知識を猫に絡めて紹介していきます。
目次
重症熱性血小板減少症候群ウイルス
重症熱性血小板減少症候群 Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome : SFTSは、ブニヤウイルス科フレボウイルス属のSFTSウイルスによって引き起こされます1)。SFTSが最初に報告されたのは2009年中国であり、SFTSウイルスがSFTS患者より分離されています2)。その後、中国だけでなく北朝鮮、韓国、日本、アメリカなどにおいても発症が確認されています3)。
SFTSウイルスは約50~150年ほど前に中国で発生したと考えれています3)。各地域において分離されたSFTSウイルスの遺伝子の90%程度は共通しているものの、わずかに違いがあり、その違いによりA〜Eまでの5種類の遺伝型に分けられています3),4)。このうち日本で観察されるのはE型とされています4)。

重症熱性血小板減少症候群ウイルスの感染の仕方
SFTSウイルスを媒介するのは、特定の種類のマダニだと考えられています。日本ではフタトゲチマダニやタカサゴキララマダニにおいてSFTSウイルスが確認されており1)、少なくともその2種類のマダニには特に注意が必要となります。ただし、すべてのマダニにSFTSウイルスが感染しているというわけではありません。例えば、韓国において9つの地域においてフタトゲチマダニを調査した結果、SFTSの感染が高かったところでも0.46%だったとしており3)、マダニの感染率はかなり低いと考えられています。
SFTSウイルスを保有しているマダニに動物や人間が噛まれ、血を吸われることにより、動物や人間にSFTSウイルスの感染が起こります5)。反対に、SFTSウイルスに感染している動物や人間にSFTSウイルスを保有していないマダニが付着し、血を吸うと、そのマダニがSFTSウイルスに感染することになります。このマダニに感染したSFTSウイルスはマダニは成長する過程で維持され続けます5)。
他の感染経路としては、人間においてSFTSウイルス感染者から未感染者への血液などの体液による感染も報告されています3)。さらに、SFTSウイルスに感染している動物の糞便中にもウイルスが含まれていることも知られているため、SFTS感染動物から未感染動物や人間への感染も十分に考えられます1),3)。中国の研究では、SFTS患者のうち48%の患者においては特にマダニには噛まれたことを訴えていないということを報告してます3)(患者が気づいていないことも考えられます)。また、日本においてもSFTS発症患者のうち44%の患者にしかマダニ噛まれた形跡がなかったことが報告されています6)。
このように、重症熱性血小板減少症候群は人や動物に共通して感染する「人獣共通感染症(ズーノーシス)」ということができます。

日本国内における重症熱性血小板減少症候群の発症地域と年齢
国立感染症研究所によると、2017年6月28日時点において266例の発症が報告されており、その多くは西日本で起こっています。SFTSの発症は年中報告されていますが、中でも春〜秋にかけての発症報告が多いようです7)。
また、発症する年齢としては50歳以上の方が多く、死亡例も50歳以上の人で確認されています7)。ちなみに、日本国内における現時点での致命率は20%となっています1)。このように、SFTSは高齢者になればなるほど発症したり、死に至る可能性が高い病気になります。しかし、福岡では5歳の子供に発症した例も報告されており5)、全年齢に置いて発症するということは念頭に置いておくことが重要です。
重症熱性血小板減少症候群の症状と治療
SFTSウイルスに感染したマダニ噛まれてから5~14日の潜伏期間を経てSFTSが発症すると考えられています3), 5)。また、SFTS感染者の血液などに触れた場合などには7-12日の潜伏期間を経てSFTSが発症するとも言われています3)。
人間のSFTSの症状は次の通りです1)。なお、必ずすべての症状が出るというわけではありません。
- 発熱(38-41℃)
- 頭痛
- 倦怠感
- 筋肉痛
- 血小板・白血球の減少
- リンパ節の腫大
- 消化器症状(食欲低下、嘔気、嘔吐、下痢、腹痛)
- 神経症状(意識障害、けいれん、昏睡)
- 呼吸不全症状、出血症状(歯肉出血、紫斑、下血)
現在までに報告されている猫のSFTSの症状は次の通りです1)。人間の症状と似ている部分があります。
- 発熱
- 消化器症状(食欲消失等)
- 血小板減少
- 白血球減少
- 血清酵素異常
SFTSの治療方法は特に確立されておらず、対症療法が基本となっています。現在のところ、ファビピラビル(商品名:アピガン)という抗インフルエンザ薬が効果的であるということが示されていますが、あくまでもげっ歯類を用いた実験の段階であり、人間や猫への有効性については不明です1)。
猫と重症熱性血小板減少症候群
今回、メディアが猫から人へのSFTSの感染を大々的に報じたこともあり、なぜか猫が注目を集めていますが、猫に特別SFTSの感染が多いというわけではなく、その他の動物にも感染が確認されており、その感染率も地域によって異なります。
厚生労働省の発表によると、日本国内において450頭の猫を調べたところSFTSに感染した形跡のある猫はいなかったとしています1)。一方で、犬においては0~15%(地域によって異なります)の割合での感染が認められています1)。2014年に和歌山県のアライグマを調査した際には24.2%のアライグマに感染が確認されています5)。
しかし、国内においてSFTSを発症したペットの猫も報告されているため1)、他の動物と同様に野良猫においてもSFTSウイルスが感染している可能性は十分にあります。なお、発症した猫の血液や尿、便の中にウイルスが含まれているため、それらの取り扱いには十分に注意をする必要があります1)。
SFTSウイルスを媒介するマダニの多くは森林や草地にいることが多いと考えられているため、市街地や都市部にいる野良猫などにはSFTSの感染が起こりにくいと考えられがちです。しかし、韓国都市部のTNR活動において捕獲された野良猫を対象にした研究によると、17%程度の猫にSFTSに感染歴が認められたとしています8)。それらの猫がどのような経路でSFTSに感染したかについては不明ですが、市街地にある草地などから感染したり、猫同士の濃厚な接触により感染が起こったのではないかと考えられています8)。

愛猫が重症熱性血小板減少症候群ウイルスに感染しないための対策
SFTSは人獣共通感染症ということもあり、飼い主だけでなく愛猫がSFTSウイルスに感染しないことが重要です。多くのメディアでは人間がSFTSウイルスに感染しない方法について取り上げていますが、ここでは愛猫がSFTSウイルスに感染しないために気をつけた方が良いことについて紹介していきます。
家にマダニを持ち込まない
飼い主が森林や草地などから帰宅した場合には、家の中にマダニが入らないように、衣服や体にマダニが付着していないかを確認する必要があります。猫を散歩させた場合にも同様のことが言えます。散歩から帰ってきた際には、屋外にて軽くブラッシングを行い、被毛を入念にチェックする必要があります。マダニは人間や動物に付着した後、吸血する場所をしばらく探すため、散歩直後であれば、簡単に取り除くことができるとされています5)。
屋外を避ける
屋外に行ける環境ではマダニに接触する危険性が高くなります。また、その他の猫と接触する可能性も高くなるため、極力避ける方が良いでしょう。特に、避妊・去勢手術を行っていない猫ではその行動圏が広くなり、オス猫であれば相手の猫に対して攻撃的になったり、メス猫であれば交尾を行う機会が増えるため、そのリスクが高まります。
マダニ駆虫薬・予防薬を使用する
猫の被毛に寄生したマダニを駆虫したり、マダニの増殖を予防したりする商品が多くあります。もちろん、それらの薬は猫へのマダニの付着を予防するわけではありませんが、駆虫薬や予防薬に含まれる有効成分の中には、マダニが有効成分に接触するだけで死に至るものもあり、血を吸われる前に駆虫することができ、SFTS感染リスクを少なくしてくれます。
しかし、中には血を吸う際に有効成分がマダニの中に入り、効果を発揮することもあるため、駆虫薬や予防薬の投薬を行っているからといって、SFTSに感染しないとはいいきれません。あくまでも感染のリスクを低くしてくれるということです。これはスプレータイプの忌避剤についても同様です。
まとめ
猫と重症熱性血小板減少症候群 SFTSの関係性について紹介しました。しかし、おそらく上の情報を読んでもボンヤリとしたことしか分からなかったと思います。SFTSに関わる研究は少なく、わかっていないことが多いというのが現状です。特に、どのような経路で猫にSFTSが感染し、どのような経路で人間に感染するのかについては全く分かっていません。ましてや、SFTSを発症した猫に関する情報ですらほとんどありません。猫とSFTSの関連性について、より具体的なことを知るには今後の研究に期待するしかありません。
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参考文献
2) Yu XJ, Liang MF, Zhang SY, Liu Y, Li JD et al. Fever with thrombocytopenia associated with a novel bunyavirus in China. N Engl J Med( 2011), 364(16):1523-32. doi: 10.1056/NEJMoa1010095.
3) Fong IW. Emerging Zoonoses A Worldwide Perspective, 1st ed, Springer(2017), pp86-90.
4) Wikipedia-SFTSー2017.07.26 accessed
5) 下田 宙, 鍬田 龍星, 前田 健:獣医学の立場から見た重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルス. モダンメディア, 62(2), pp23-30, 2016.
6) Kato H, Yamagishi T, Shimada T, Matsui T, Shimojima M, Saijo M, Oishi K. Epidemiological and Clinical Features of Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome in Japan, 2013-2014. PLoS One(2016) 11(10):e0165207. doi: 10.1371/journal.pone.0165207.
7) 国立感染症研究所ー2017.07.26 accessed
8) Hwang J, Kang JG, Oh SS, Chae JB, Cho YK, Cho YS, Lee H, Chae JS. Molecular detection of severe fever with thrombocytopenia syndrome virus (SFTSV) in feral cats from Seoul, Korea. Ticks Tick Borne Dis(2017), (1):9-12. doi: 10.1016/j.ttbdis.2016.08.005.
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