よくネットの記事で猫の首をつかむと猫がおとなしくなるので、猫が嫌がるようなことをする時には、猫の首をつかみましょうということが記載されています。しかし、本当に猫の首の後ろをつかんでも良いでのでしょうか?猫は何かしらの不快感などを感じていないのでしょうか?
この記事では、猫の首の後ろをつかむことに関して、今までに明らかになっていることと、問題点について紹介していきます。一度、この記事を読んだ上で本当に猫の首の後ろをつかむべきかについてよく考えてください。できれば、この記事で得た情報を様々な人に発信していただけると幸いです。
猫の首の後ろをつかむ方法
猫の首の後ろのつかむ方法には2種類存在しています。
Scruffing
一つは「Scruffing」と呼ばれるもので、単純に猫の首の後ろを手でつかみ、猫をおとなしくする方法です。言葉の意味合いとしては広い意味合いを持っており、猫の首の後ろをつかんだ後に猫を持ち上げようが、持ち上げまいがScruffingと呼ばれます(Rodan et al., 2011)。この方法は母猫が子猫を別の巣へと移動させたり、子猫が巣から離れたときに、巣に戻す際に用いる方法です。母猫が首の後ろを歯を利用してつかむと、子猫の体幹の屈筋群が優位に収縮し、体や尻尾が丸くなります(Pozza et al., 2008)。これは先天的な反射反応であり、こうすることで母猫が子猫を移動させやすくなり、移動中に天敵などに襲われるリスクを減らし、生存確率を高めていると考えられています。
また、成猫においてもオス猫がメス猫と交尾を行う際にメス猫の動きを封じるために、メス猫の首の後ろを口でつかむ行動を行います。これもScruffingとして扱われます(Rodan et al., 2011)。
このように猫は子猫やメス猫を強制的におとなしくさせたい時に限定して、相手の首の後ろをつかみます。それ以外の時には首の後ろをつかむことはありません。
PIBI もしくは Clipnosis
猫の首の後ろをつかむもう一つの方法はクリップなどの道具を用いて猫の頚椎部分の皮膚を挟む方法です。
このようにクリップで猫の首の後ろをつかむ方法をPinch-induced Behavior Inhibition; PIBIと言い、2008年と2016年に研究論文が発表されています。より一般的な呼び方ではClipnosisクリップノーシスと言います。この方法では猫の第1頸髄〜第7頸髄の後ろの部分(脊柱の真ん中の部分)を1~2個のクリップで挟みます(Pozza et al., 2008, Nuti et al., 2016)。そうすると、Scruffingと同様の効果を得ることが可能になります。
1991年に行われた研究では、猫の首の後ろにクリップをつけることで猫60匹中、約20匹の猫には効果が観察されなかったとしており、すべての猫において効果が観察されるわけではないようです(Tarttelin, 1991)。
猫の首の後ろをつかまれることで起こる変化
猫が首の後ろをつかまれると、縮瞳(黒目の部分が小さくなる)が起き、さらに交感神経系の神経活動が減弱するということが報告されています(Reiner et al., 1986, Pozza et al., 2008)。さらに、行動学的な変化としては、一部の猫において喉をゴロゴロ鳴らす行動や前足をフミフミする行動が報告されています(Nuti et al., 2016)。しかし、どの程度の猫がそのような行動をとるのかについてははっきりとしたことはわかっていません。
また、首の後ろをつかまれることで、呼吸数の増加、心拍数の増加、散瞳(黒目が大きくなること)などは観察されなかったとしています(Pozza et al., 2008)。
これらの研究を行った研究者らは首の後ろをクリップでつまむ方法は猫にストレスをかけない方法であると主張しています。確かに、それらの結果を見ると猫が首の後ろをつかまれると相対的に交感神経よりも副交感神経の方が活発になるため、猫は比較的リラックスでき、特に問題はなさそうに思えます。
猫の首の後ろをつかむことは問題?
では、本当に猫は首の後ろをつかまれるとリラックスでき、特に不快に思っていないのでしょうか?
先ほど紹介した研究によると、一部の猫においては攻撃性が観察されたことも報告されています(Pozza et al., 2008)。また同じ研究において、クリップで首の後ろをつかまれている時の猫が、ボーッとしている様子も観察されています。さらに、呼吸数や心拍数、瞳孔の状態に関する具体的なデータが論文に記載されておらず、どの時期にどのような手法で検査を行ったのかは定かではありません。極めつけは研究を行った著者らはクリップを行う専用クリップを論文発表前より販売しており、明らかな利益相反があります。
その他の研究においても、研究の質が低く、研究論文で示されたデータより、猫がストレスを受けていないということを十分に証明することはできていません。対象となった猫の数も少なく、まだまだ科学的根拠が乏しいのが現状です。そのため、猫の首の後ろをつかむことで猫に不快感が生じていないということを証明するには至っていません。
私はより長期的な生理学的変化をモニターすべきだと思います。つまり、クリップを外されしばらくした後、もしくはそういった処置を長期的に繰り返された猫の生理学的な変化を見るべきだということです。ストレスを受けた猫はストレスを緩和するために短期的に交感神経の活動を高めるはずですが、その交感神経の活動をクリップで強制的に抑制してしまうわけですから、何かしらの不利益が出てもおかしくないような気がします。
猫の首の後ろをつかむことに対する議論
アメリカの猫獣医師団体 American Association of Feline Practitioners; AAFP やイギリスの国際猫医学協会 International Society Feline Medicine; ISFM は世界的に権威のある団体であり、猫の医療や福祉を考えた様々なガイドラインを作成しています。
2011年にこの2団体は猫に優しいハンドリング方法というガイドラインを作成しており、日本でも有名になりつつある「猫に優しいクリニック Cat Frendly Clinic」における基本的な指針にもなっています。そのため、猫に優しい病院ではできる限りそのガイドラインに則って猫に接するようになっています。
そのガイドラインにおいて、AAFPとISFMは猫の首の後ろをつかむ行為、特にScruffingに反対する意向を示しています。ガイドラインではどうしようもない時に限りScruffingを使用し、使用する際には必ず猫の反応を観察し、猫が恐怖や不安などを感じていないことを確認することとしています(Rodan et al., 2011)。
猫の首の後ろをクリップでつかむPIBIについてはScruffingのように強くは反対していないものの、一部の獣医師や猫行動専門家は使用を反対していると記載されています。
しかし、上記の意向は獣医師や猫行動専門家が一部の猫において攻撃行動や防御行動が観察されるという事実と倫理的な配慮に基づくものであり、猫が不快感を生じているという科学的根拠に基づくものではないことには注意が必要です。
まとめ
現状では、猫の首の後ろをつかむことで猫が不快感を感じていないという根拠もなければ、逆に不快感を感じているという根拠もありません。そのため、猫の首の後ろをつかむか否かは飼い主の判断に委ねられることになります。しかし、猫によっては不快感や恐怖、不安などを行動やボディランゲージで表す猫がいるのも事実であるため、猫の首の後ろつかむのは極力避けるべきだと思います。そして、やむなく猫の首の後ろをつかむ時には猫の様子を十分に観察しながら行うべきです。
また、倫理的な問題についてもよく考える必要があります。猫の首の後ろをつかむ時は人間が猫におとなしくしてほしい時であり、猫がストレスから逃れるために抵抗をしている時です。そういった、ストレスを感じている猫に対して無理やり首の後ろをつかみ不動の状態にし、人間が思うがままにする行為について倫理的に問題がないのかについて一人一人がよく考える必要があります。
飼い主が猫にある行為をする際に猫が嫌がるのであれば、その嫌がるものを楽しいものに変える必要があります。それには飼い主の努力が必要になりますが、その努力をせず、楽して首の後ろをつかみ、猫を思い通りにするというのは飼い主の怠慢と言わざるえないと思います。
最後に、こういった猫の首の後ろをつかむことの問題点などについて議論をせずに、何の根拠もなく猫の首の後ろをつかむことを推奨しているような記事をネット上で多く見かけるのは悲しいことです。これ以上そういった記事が増えないことを切に望みます。
あわせて読みたい
参考文献
Rodan I, Sundahl E, Carney H, Gagnon AC, Heath S, Landsberg G, Seksel K, Yin S; American Animal Hospital Association. AAFP and ISFM feline-friendly handling guidelines. J Feline Med Surg. (2011). 13(5):364-75. doi: 10.1016/j.jfms.2011.03.012.
Pozza ME, Stella JL, Chappuis-Gagnon AC, Wagner SO, Buffington CA. Pinch-induced behavioral inhibition (‘clipnosis’) in domestic cats. J Feline Med Surg. (2008). 10(1):82-7. doi: 10.1016/j.jfms.2007.10.008.
Nuti V, Cantile C, Gazzano, A, Sighieri C, Mariti C. Pinch-induced behavioural inhibition (clipthesia) as a restraint method for cats during veterinary examinations: preliminary results on cat susceptibility and welfare. Animal Welfare, (2016). 25(1), pp. 115-123(9)
Tarttelin M. Restraint in the cat induced by skin clips. J Neurosci(1991) 57: 288.
Reiner PB. Correlational analysis of central noradrenergic neuronal activity and sympathetic tone in behaving cats. Brain Research (1986) 378, 86e96.
コメントを残す