前回はαカソゼピンについて紹介しましたが、そのαカソゼピンと同じような効果を発揮するものとして『L-トリプトファン』が存在します。L-トリプトファンもαカソゼピンと同様に抗不安作用を有しており、一部の療法食のキャットフードにおいてαカソゼピンとともにキャットフードの中に含まれていることがあります。
今回の記事では、『L-トリプトファン』の紹介と作用機序、その効果について紹介していきます。
L-トリプトファン L-Tryptophan
『L-トリプトファン』は必須アミノ酸の一つであり、人間や猫の体内で作ることができないアミノ酸です。しかし、植物性タンパク質や動物性タンパク質を食べることで補うことができるため、バランスの良い食事をしている場合には特にその不足が問題となることはありません。
L-トリプトファンは体内の様々なところで使用されており、主にナイアシンやセロトニンと呼ばれる化学物質へと変換され様々な効果を発揮します1)。ただし、猫の場合はナイアシンへの変換がかなり少ないため、猫はナイアシンを主に食事から摂取する必要があります。
L-トリプトファンとセロトニン
L-トリプトファンの抗不安作用に関わっているのがセロトニンと呼ばれる化学物質です。前述したようにL-トリプトファンはセロトニンの前駆物質となるため、セロトニンの材料として使用されます。
セロトニンは腸や血小板、脳などでその効果を発揮しますが、その効果についてはそれぞれの場所で異なります1)。このうち、L-トリプトファンの抗不安作用に関連しているのは脳のセロトニンです。しかし、セロトニンの多くは腸に存在しており、脳に存在するセロトニンの量は少なくなっています。
脳とセロトニン
脳内に存在するセロトニンは神経伝達物質(神経細胞同士の情報を伝達する化学物質)として機能し、神経細胞よりセロトニンが多く放出されると、人間や動物は幸せを感じ、不安がなくなるとされています1)~3)。そのため、セロトニンの材料となるL-トリプトファンが大量にある場合には、神経細胞が放出するセロトニンの量が多くなり、抗不安作用がもたらされるようになります。
しかし、単純にL-トリプトファンの摂取量を増加したからといって、セロトニンの放出量が増加するわけではありません。脳のセロトニンの量を増やすためには、原材料であるL-トリプトファンが脳内に入り込む必要があるのですが(セロトニンは大きすぎるので直接脳に入ることができません)、L-トリプトファンの脳内への輸送を阻むものがいます2)。

それはL-トリプトファンと同じような大きさを持つ、大きなアミノ酸たち(LNAA)です。大きなアミノ酸とL-トリプトファンが脳内に入る経路が同じであるため、その経路の取り合いが起こってしまいます。そのため、いくらL-トリプトファンを摂取しても、その他のアミノ酸(チロシン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシン、バリン)の量が多ければ、脳内に輸送されるL-トリプトファンの量は変わりません。
つまり、脳におけるL-トリプトファンからセロトニンへの変換を促進、抗不安作用を得るためには、L-トリプトファンの摂取量を増加させるとともに、その他のアミノ酸の量についても調節する必要があります。
L-トリプトファンの効果
L-トリプトファンだけを猫に与えた時の効果について調べた研究は少ないのが現状です。Pereiraらは8週間L-トリプトファンのサプリメントを多頭飼いの猫に与えたところ、鳴き声や敵対行動、友好的な行動、探索行動などが減少したということを報告しており、L-トリプトファンが不安やストレスを和らげる可能性について示唆しています1)。
その他の研究ではL-トリプトファンだけでなく、αカソゼピンを含むキャットフードを与えた時の効果について観察しています。例えば、そのキャットフードを8週間与えたところ、尿中のコルチゾールの量が減少したりすることが報告されています。しかし、その研究では猫の行動には変化がなかったとしています2)。最新の研究では、L-トリプトファンとαカソゼピンを含むキャットフードを4週間与えたところ、見知らぬ人に対する不安行動には変化がなかったものの、新しい場所(新規環境)における不安行動が減少するという結果になりました3)。
これらの結果はL-トリプトファンを摂取することで、猫の不安が和らぐ可能性を示唆しています。
まとめ
現在ではαカソゼピンとL-トリプトファンの両方を配合した療法食のキャットフードが増えてきています。猫におけるその効果についてはあまり明らかになっていないため、あまり強く効果があるということはできないと思います。L-トリプトファンとその他のアミノ酸の配合の比率などを変えるだけでも、その効果が違ってきそうなので、これからも様々な研究が行われることが望まれます。
海外ではロイヤルカナンより猫を落ち着かせる用のドライキャットフード(療法食)が販売されていますが、日本での取り扱いはありません(2017年7月現在)。今のところ、 L-トリプトファンやαカソゼピンを含むキャットフードとしては、ヒルズの「プレスクリプション・ダイエット c/d FLUTD」やロイヤルカナンの「pHコントロール+CLT ドライ」があります。それらのキャットフードを試しても良いかもしれませんが、療法食であるため通常のキャットフードとは成分などが異なっていることが多いため、愛猫に与える前に獣医師に相談するようにしましょう。
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参考文献
1) Pereira GG, Fragoso S and Pires E. Effect of dietary intake of L-tryptophan supplementation on multi-housed cats presenting stress related behaviours. Proceedings of the British Small Animal Veterinary Association Congress; 2010; Birmingham, UK.
2) Miyaji K, Kato M, Ohtani N, Ohta M. Experimental verification of the effects on normal domestic cats by feeding prescription diet for decreasing stress. J Appl Anim Welf Sci(2015). 18: 355–362.
3) Landsberg G, Milgram B, Mougeot I, Kelly S, Christina de Rivera.Therapeutic effects of an alpha-casozepine and L-tryptophan supplemented diet on fear and anxiety in the cat.Journal of Feline Medicine and Surgery(2017). 19(6) 594–602.
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