猫は寝床や狩場(餌場)、休息場所、トイレなどの生存に必要なリソースを確保・維持するために広い範囲を移動します。この範囲のうち猫が移動する全体の領域のことを行動圏と呼び、猫の状態や環境によりその大きさが異なります。行動圏が大きいほど、猫が野生動物に与える影響は大きくなると考えられているため1)、猫の行動圏の大きさに影響を与える要素を知ることは重要になります。この記事では猫の行動範囲(特に行動圏)の大きさに影響を与える要素について考えていきます。
性別
オス猫の方がメス猫よりも行動範囲が大きいことが知られています。屋外に行き来できるペットの猫を調査した研究ではオス猫の方がメス猫よりも行動範囲が大きい傾向があるものの、統計学的な有意差を得ることはできず、性別が行動範囲に与える影響はないとされてきました2)。しかし、その他の研究ではオス猫の行動圏はメス猫よりも大きいことが示されています3)。そして、2016年に行われた複数の研究をまとめて解析した研究によると、オス猫の行動圏はメス猫よりも1.8倍大きいということが示されました4)。このことより、高い確率で性別が行動範囲の大きさに影響を与えるということができます。
オス猫の行動圏が広いのは、多くのメス猫を確保するためだと考えられています。では、交尾をする必要がなくなった避妊・去勢手術が行われた猫においてはどうなのでしょうか?

避妊・去勢手術
2015年にアメリカのジョージア州にて行われた農場の猫を対象にした研究によると、未去勢のオス猫の方が去勢済みのオス猫と比較して行動範囲が広いことが示されています3)。しかし、この研究では研究に参加した未去勢のオス猫がたった2匹だったこともあり、研究者らは結果を慎重に解釈すべきだと論じています。一方、シカゴの都市部で行われた野良猫を対象にした研究では、特に避妊・去勢手術が行動圏の大きさに影響を及ぼすことがなかったとしています5)。また、サンタカタリナ島に生息する野良猫を対象にした研究においても性別に関わらず、避妊・去勢手術が行動圏に及ぼす影響はないということが分かっています6)。そのため、今のところ避妊・去勢手術が猫の行動範囲に及ぼす影響は少ないという認識が一般的です。
しかし、多くの研究では行動圏がすでに確立された成猫に避妊・去勢手術を行っているため、仔猫の早いうちに避妊・去勢手術を行われた場合には結果が異なることが予想されます。この点については今後さらなる研究が必要になります。
猫の生息密度
田舎に暮らす猫と都会で暮らす猫では行動範囲に大きな違いが観察されます。都会で暮らすペットの猫よりも、田舎で暮らすペットの猫では行動圏が14.4倍も大きくなるということが知られています4)。このことは猫の生息密度が高い環境では行動範囲が小さくなり、反対に生息密度が低い環境では行動範囲が大きくなるということを示しています。なぜ、このような傾向になるのかは様々な議論があるものの、おそらく獲物や休息場所、メス猫などの豊富さや分布の仕方、他の猫や天敵となる動物など、様々な因子の影響などを受けていることが推測されます。

猫の年齢
ニュージーランドで行われた研究では、6歳以下の猫ではそれ以上の年齢の猫よりも行動範囲が大きくなることが示されています1)。その他の研究では2~7歳の猫の若い猫は8歳以上の猫よりも、行動範囲が大きいことが示されており、若い猫の方が行動圏が大きくなるようです4)。これは若い猫はその他の強い猫の縄張りを避けて、狩猟を行ったり、休息場所を見つける必要があるためだと考えられています1)。一方、高齢の猫では縄張りを維持することができにくくなるために、行動範囲が小さくなると考えられています。しかし、これらはあくまでも仮説であることには注意が必要です。
獲物の分布、時間帯、季節
猫の行動範囲に影響を与えるその他の要因としては、餌となる獲物の分布や時間帯、季節などがあります。例えば、餌となる獲物の密度が低い場合には猫の行動圏が広くなることが予測されます。しかし、ある研究では獲物の密度や分布が猫の行動圏に影響を与えることはないことを示しており2)、一貫した結果が得られていないのが現状です。
猫は薄明薄暮性であるために昼間よりも夜の方が行動圏が広くなることが予測され、一部の研究でもそのことが示されています2)。しかし、これに関しても否定的な研究が存在しており、昼夜の行動範囲の違いは猫が生息する環境などの影響を受けるようです7)。例えば、都会に生息している猫では人通りや交通量が少ないく、安全に行動が行える夜間に行動範囲が広くなるとされています7)。
そして、季節も猫の行動範囲に影響を与えます。ある研究では冬の方が猫の行動範囲が大きくなり、一方で春や夏などでは行動範囲が小さくなることが示されています3)。この季節性の変化が起こる理由については不明のようです。しかし、この点に関しても季節が猫の行動範囲の大きさに影響を与える影響はないという研究があり1)、本当に季節が猫の行動範囲に影響を与えるかは不明です。

まとめ
現在のところ、猫の行動圏に大きな影響を与えることが確実な要素としては猫の性別と年齢、生息密度であることが考えられます。その他の要素については、さらなる検討が必要になります。多くの研究が行われているのが事実なのですが、研究に参加する猫の数や猫の行動範囲を計測する手法、猫のバックグラウンドの違いなどより一貫した結論を得ることが難しいというのが現状です。この点については今後改善される必要があるのかもしれませんが、労力などを考えると難しいのかもしれません。
もし、猫の行動範囲に大きな影響を与える要素がはっきりすると、それに対して対策を講じることができるため、自然保護団体などが猫を責めることも少なくなるかもしれません。ただ、一つ気になるのは研究の中には猫の行動圏の大きさと猫が捕獲する獲物の量には関係がないと結論づけているものもあるということです7)。このあたりについても今後精査していかなければならないのかもしれません。
参考文献
1) Morgan SA, Hansen CM, Ross JG, Hickling GJ, Ogilvie SC, Paterson AM.Urban cat (Felis catus) movement and predation activity associated with a wetland reserve in New Zealand. Wildl. Res(2009). 36, 574–580.
2) Thomas RL, Baker PJ, Fellowes MDE. Ranging characteristics of the domestic cat (Felis catus) in an urban environment. Urban Ecosyst(2014). 17, 911–921.
3) Kitts-Morgan SE, Caires KC, Bohannon LA, Parsons EI, Hilburn KA. Free-Ranging Farm Cats: Home Range Size and Predation on a Livestock Unit In Northwest Georgia. Brigham RM, ed. PLoS ONE(2015). 10(4):e0120513. doi:10.1371/journal.pone.0120513.
4) Hall CM, Bryant KA, Haskard K, Major T, Bruce S, Calver MC. Factors determining the home ranges of pet cats: A meta-analysis. Biological Conservation(2016), 203:313–320. http://dx.doi.org/10.1016/j.biocon.2016.09.029
5) Gehrt SD, Wilson EC, Brown JL, Anchor C. Population ecology of free-roaming cats and interference competition by coyotes in urban parks. PLoS ONE(2013). 8(9):e75718. doi: 10.1371/journal.pone.0075718.
6) Guttilla DA, Stapp P. Effects of sterilization on movements of feral cats at a wildland-urban interface. Journal of Mammalogy(2010), 91(2), 482–489, https://doi.org/10.1644/09-MAMM-A-111.1
7) van Heezik Y, Smyth A, Adams A, Gordon J. Do domestic cats impose an unsustainable harvest on urban bird populations? Biol Conserv(2010).143(1):121–130. https://doi.org/10.1016/j.biocon.2009.09.013
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