毎年4月9日は「スワンソンの日 Mr. Swanson’s Day」になります。あまり知られていないと思いますが、この日は猫伝染性腹膜炎 Feline infectious peritonitis;FIPを広める日です。この記念日はアメリカ・ジョージア州アトランタに住むChris Cookさんにより作られたもので、その名前は彼女が飼っていた猫の「スワンンソン 」に由来しています。
スワンソンは猫伝染性腹膜炎 FIPに感染し、生後17か月の若さで亡くなりました。Chrisさんはその悔しさから、猫伝染性腹膜炎の研究に関するファンドを立ち上げました。それと同時に4月9日をスワンソンの日とし、猫伝染性腹膜炎の知識などについて広めようとしています。Facebook をしている方は4月9日にこちらのFacebookのトップにある画像を自身のプロフィール画像にすることでこの活動に貢献することができます。
したがって今回は、若い猫の致死率が高い猫伝染性腹膜炎について紹介していきたいと思います。猫伝染性腹膜 FIP がどのようにして発症するのかなどについて解説していきます。
猫コロナウイルス
猫伝染性腹膜炎 FIP は猫コロナウイルス FCoVに属する猫伝染性腹膜炎ウイルス FIPVにより引き起こされ、若い猫に起こることが多い致死率の高い病気になります。
また、猫コロナウイルス FCoV の中にはもう一種類、猫腸コロナウイルスFECVというウイルスが存在しています。
猫伝染性腹膜炎ウイルス FIPVと猫腸コロナウイルスFECV
何度も言いますが、猫伝染性腹膜炎を引き起こすのは猫伝染性腹膜炎ウイルスです。しかし、大元になるのは猫腸コロナウイルスです。はてなが浮かぶと思いますが、猫腸コロナウイルスFECVが猫の体内で突然変異をしたものが猫伝染性腹膜炎ウイルス FIPVとなり、悪さをするようになるということです。
まずは、大元の猫腸コロナウイルスについて見ていきます。
猫腸コロナウイルスFECV
猫腸コロナウイルスは腸の細胞などに感染し、下痢などを引き起こします。無症状な猫も多く、それほど病原性が高いわけではありません。ただ、その感染力は強く、多頭飼いをしている環境下や保護施設などではすぐに猫同士の感染が起こってしまいます。また水平感染(母猫から胎児への感染)も起こります。
腸管に感染したウイルスは猫の便より数ヶ月間排泄されることが多く、そのため、それらの便を介して、経口感染(口からの感染)していきます。幸いこの猫腸コロナウイルスに感染してもそれほど問題はありません。
しかし、先ほども述べたように、この猫腸コロナウイルス FECV が突然変異することで、猫伝染性腹膜炎が起こるため、危険ではないかと思う人がいると思います。確かに、猫腸コロナウイルスに感染しないことにこしたことはありません。ただ、猫腸コロナウイルスが感染した猫のうち実際に猫伝染性腹膜炎になるのは全体の10%未満だと報告されています。
猫伝染性腹膜炎ウイルス FIPV
猫伝染性腹膜炎ウイルスは猫腸コロナウイルスの突然変異により発生します。元となる猫腸コロナウイルスのRNAが、感染した細胞内で転写・翻訳されることでウイルスが産生され、ウイルスが増殖していきます。
そして、このRNAに少し秘密があります。実は猫腸コロナウイルスのRNAは比較的塩基数が多いという特徴があります。そのため、RNAの複製の際にエラーが起こりやすくなり、突然変異が起こりやすいという性質を持っています。しかし、突然変異が起こったからといって全ての猫腸コロナウイルスが猫伝染性腹膜炎ウイルスになるというわけではありません。一部の突然変異を引き起こした猫腸コロナウイルスだけが猫伝染性腹膜炎ウイルスになります。
それらの突然変異により誕生した猫伝染性腹膜炎ウイルスは、最初は腸の上皮細胞のみに感染するだけだったものが、単球やマクロファージにも感染するようになります。単球が血管内から出て行き、組織へと移動するとマクロファージになるのですが、マクロファージは病原微生物やそれに感染した細胞を食べる作用を持つ免疫系の細胞になります。
変異をするものしないもの
では、なぜ特定の猫では変異が起こり、他の猫では変異が起こらないのでしょうか? この点については不明なことが多いというのも事実です。ただ、一つ言えることは強く安定した免疫系を有している場合には猫伝染性腹膜炎ウイルスへと変異するリスクは低くなるということです。これが成猫よりも仔猫や若い猫に発症しやすい理由なのかもしれません。
気になるのは、遺伝的な要素も少なからず影響をしているということです。そして、その遺伝型は多因子遺伝(多遺伝子形質)の形をとることから、単純に特定の遺伝子があるから猫伝染性腹膜炎になると言えません。ここら辺が難しいところなのではないでしょうか。
また、ベンガルやバーマン、ヒマラヤンなどの猫種にも起こりやすいということも言われています。しかし、それらの傾向は地域によって異なるようです。
猫伝染性腹膜炎の発症
猫伝染性腹膜炎ウイルス FIPVに感染した単球などの細胞は血管内皮細胞(血管を構築する細胞)へと接着する傾向があり、そのうちの一部が血管外へと出て行き(遊走)マクロファージとなります。感染した細胞は細胞内で猫伝染性腹膜炎ウイルスを大量に作製し、結果としてウイルスが細胞外へと放出され、その細胞は死んでしまいます。
猫伝染性腹膜炎ウイルスは血管内で増殖する場合と血管外の組織にて増殖する場合があります。いずれにせよ、その場所に置いて免疫系の応答が促進され、その場所に抗体や免疫系細胞が集まったり、サイトカインなどの炎症関連化学物質などが放出されます。この免疫応答が過剰に起こることが特に問題になります。
最終的にはそれらの免疫応答が、正常だった細胞にも影響を与え、様々な器官が正常に機能しなくなり、命に関わってきます。
猫伝染性腹膜炎の型
猫伝染性腹膜炎には2つの型が存在しています。どちらの型においても共通する症状としては食欲の低下、体重の減少、無気力、抗生物質などが効かない熱などです。また、一部の猫では以下の2つの型を行ったり来たりすることがあるため、必ずどちらか1つの型に当てはまるというものではありません。
Effusive型、Wet型、浸潤型、腹水型、滲出型
1つ目はEffusive型になります。これはWet型もしくは浸潤型、腹水型、滲出型とも呼ばれます。この型は昔から知られている古典的な猫伝染性腹膜炎であり、予後は悪いのが特徴です。
この型では血管炎や腹水、胸水が起こることが多く、発症した猫のお腹や胸はパンパンに膨れ上がります。また、お腹が膨れ上がるために息をするのが苦しくなります。
Non-effusive型、Dry型、 乾燥型、臓器型、非滲出型
もう一方の型はNon-effusive型です。これはDry型、 乾燥型、臓器型、非滲出型とも呼ばれ、比較的近年になって明らかになった型です。診断が難しいのが特徴です。
どちらの型が発症するの?
今のところ、どういった猫がどちらの型の猫伝染性腹膜炎を発症するのかについては不明な点が多いようです。しかし、一つ言われているのは*細胞性免疫よりも*体液性免疫の方が機能している猫においては、Effusive型になることが多く、その比率が五分五分の場合にはNon-effusive型になるのではないかと言われています。
体液性免疫が細胞性免疫よりも優位に機能するという猫はそういった特性を遺伝的に受け継いでいる可能性もあるようです。
*細胞性免疫:免疫系の細胞が直接的に病原微生物やウイルスに感染した細胞を攻撃しに行く免疫応答
*体液性免疫:免疫系細胞が作製した抗体と呼ばれる飛び道具により病原微生物などを攻撃にする免疫応答
猫伝染性腹膜炎の感染性
猫腸コロナウイルスについては感染性が強いという話をしましたが、こちらの猫伝染性腹膜炎ウイルスに関しては感染性がほとんどありません(2017年現在)。これは猫伝染性腹膜炎ウイルスが生体内で変異し、生体内の組織と強く結合するためです。そのため、猫腸コロナウイルスとは異なり、便などと一緒に生体外へと出ることはありません。水平感染(母猫と胎児の間の感染)も起こらないとされています。
したがって、猫伝染性腹膜炎に感染した猫を隔離して飼育する必要はありません。
猫伝染性腹膜炎の予防
猫伝染性腹膜炎を予防するには、まずは猫腸コロナウイルスの感染予防を行うことが重要だと思います。また、猫にストレスが加わると免疫系が損なわれる可能性があるため、極力猫に加わるストレスが軽減されるような環境づくりも必要でしょう。
最後に、ブリーダーさんへのお願いですが、ウイルスに感染しやすい猫や過去に猫伝染性腹膜炎を発症したことのある猫の家系を除いて、選択的交配を進めてほしいと思います。遺伝的な要素も猫伝染性腹膜炎の発症に影響を与えるためです。
上記の内容は参考文献の内容をまとめたものであり、気になる方は参考文献を読むことをお勧めします。
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参考文献
Pedersen NC. A review of feline infectious peritonitis virus infection:1963-2008. J Feline Med Surg 2009;11:225-258.
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Aguas R, Ferguson, NM. . Feature selection methods for identifying genetic determinants of host species in RNA viruses. PLoS Comput Biol. 2013:9(10):e1003254.
Pedersen NC . Review: An update on feline infectious peritonitis: Virology and immunopathogenesis. Vet J. 2014; 201:123-132.
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